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東京近郊は少しずつ日常が

10:55:35 am on 2011/03/19 | 6 |
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  • chieさんの書き込みとかぶってしまいますが・・・俺も書きたかったもので。ごめんなさい。

    東京近郊ではだいぶ日常が戻ってきた。
    公共交通機関は完全回復には至っていないし、店から即席めん、牛乳、卵が消え、ガソリンスタンドには長い行列と、地震の影響がまだ見られますが、TV番組は通常の放送に戻ってきました。

    想定をはるかに超えた地震。そして津波。東京でもかなりの恐怖でした。現地はいったいどれほど凄かったのだろう。想像を絶します。

    翌朝のテレビでは、いくつもの街をあっさりと押し流してまだ引かない海の中に、ポツンポツンと2,3棟のビルが建っている終末物SF映画のような光景でした。

    この津波の印象が強すぎて海沿いに視線が集中してしまい、内陸部の被災地には支援が届かないといったことまで起きました。
    被災地の範囲と被害規模が大きすぎて、政府の手も回りきらないと思いますが、マスコミや俺たちの意識も、完全に海沿いにばかり集まってしまいました。

    今は、内陸部の避難所にも視線が集り、余震も収まっきて道路・空港・港湾も復帰してきています。これから先、避難所の状況は改善していくはずです。
     
     
    さらに地震+津波が元で、福島第一原発が大変なことに。
    地震発生時に制御棒が入り、原子炉は自動停止。ここまでは良かったんだけどな。

    原子炉を冷却する3つの非常用システムが3つとも十分に働かずに機能停止。現在、廃炉覚悟の海水注入作業を続行中。これはもう確実に長期戦。
    放射性物質を閉じ込めきれずに漏れだし、ヤバそうな状況ではありますが、現地の人たちの尽力で持ちこたえています。
     
     
    正直な俺の感想としては、国も東電も良くやっていると思います。
    この状況に至ってしまった経緯については、当初からの設計の穴や、初動時の混乱とか、いろいろあったのだと思いますが、この状況の中での対応としては、よくやっていると。

    それに、異常時に万全の対応なんてムリです。というよりも、万全の対応ができるならそれは「異常時」ではない。様々な混乱・情報の錯綜・トラブル・不手際が発生する。それを異常時と呼ぶのだから。
     
     
    この状況になってしまった以上は、短期で負けて最悪の事態か、長期戦に持ち込んで粘り勝つかの2択しかない。そんな中、なんとか長期戦に持ち込めており、ギリギリではありますが戦況としてはそう悪くないと思います。東電・自衛隊・消防・警察の現地チームに感謝です。

    もうすぐ電源が復活するという話もあります。電気を使えるようになれば、状況を好転させられる見込みがある。
    現地チームはかなり疲労してるはずだけどあと少し、頑張って持ちこたえてほしいです。
     
     
    地震、津波、原発事故、それぞれ対応の不備や設計ミスがありました。俺も言いたいことはいくつもあります。原発も、もう造ることはできないし、国のエネルギー政策そのものの方針を変えることになるでしょう。
    でもそういったことは後で良い。避難所の人達が「物資が届かないぞ!」と文句を言うのは良いけど、外野がギャアギャア言うのは今じゃない。
    いろいろ言うのは、もう少し落ち着いてから、今後のことを考える状況になってからにしたいと思います。

    国も東電も不眠不休で対応してる。対応は万全ではなくて、うまくいかないものもあるけれど、今は確実なことだけを効率良くやるのではなく、効果がありそうなことは片っ端からやっていかなければならない。
    そしたら中にはうまくいかないものも出てくるけど、今は効率より効果が大事。

    だから今は、うまくいかなかったことに騒がず、できること全てをやろうとしてる国と東電を支持しようと思うし、自分にできることを少しでもやっていこうかと考えています。



     

コメント

  • etsuko 14:34 on 2011/03/19 | #

    私はある団体に寄付をし続けています。それは、自分にできないことを、信念を貫いて活動し続けているからです。今の東電、きっと便利で加えて多忙な毎日を送っている私たちは、どうしても不満はあるけど、この想像以上の非常時に対応してくださっている皆さんに単純に感謝しています。

    神戸のときも一部の地域が報道され、支援に偏りができました。今回もあの津波でやむを得ないとはいえ、なかなか内陸に目が行かなかったのは残念です。次への課題だと思います。
    原発の問題は先が見えず辛いです。震災から数週間たち、道路が通じると、徐々に援助が広がる、プラスへの動きが見え始めるけど、原発は後戻りになるのでは、という不安がどうしてもある。辛いけど、みんなで踏ん張っていきたいものです。

    私は神戸で人々が役割分担し、結束していた時期・土地で炊き出しや家庭訪問を手伝いました。避難所に仮設のシャワーもあったと思います。一週間いて、シャワーは確か一回お借りしたと思います。寒い体育館で夜中に何度も目が冷めた。火事で焼けて何もない地域があった。でも帰れば普通の東京だった。そんなことを思い出しています。

  • kiko 23:46 on 2011/03/20 | #

    shigeさんの文章を読んで溜飲の下がる思いでした。
    全くもって同感です。思っているままを上手に文章に表してくれている人がいて嬉しかった。
    テレビも新聞も全く自分の感覚と合わなくて、なぜ悪者探しを今する必要があるの? なぜ文字通り命を懸けて前線で苦闘してくれている人たちに感謝と応援が送れないの? 東電を今叩いてどんな素晴らしいことがあるの? この考えってマイノリティなの??と思い続けていました。

    会社の子も東電許せない、馬鹿だと言っていて衝撃的でした。
    あなたが今ここに社員でいることに深い思考があった訳ではきっとないのと同じように、東電の人だって良い会社だ、原発はきっと安全だと思って入った人が多数かもしれないし、人知を超えた文字通り想定外の災害だったと思うよ、と言ったら、しばらく沈黙した後「じゃあ上が馬鹿なんだ」と言われてもう一度ショックを受けました。
    ・・・だからそれを今言って何になる、誰が力を得られるのだ??って。

    今原発の現場で体を張って頑張ってくれている人の家族は胸が潰れる思いで見送った人も少なくないのではないかと思います。自分の夫が今あそこで仕事をしなければいけない人だったら・・・そう考えると自ずと応援する気持ちになります。

    今は非難するより自分にできること、これからすべきことに思考を費やすとき、そう思って節電・節水しています。
    電灯とPCだけついているけど。

  • etsuko 01:04 on 2011/03/21 | #

    そうか、日本だと結構叩かれてんだね。私はアメリカでNHKしか見てないから、細かい感情の動きがわかりません。この状況で文句をいう人には、じゃぁ、あなたは今回の被害を起こさないために何かしてきたの?って思っちゃうな。ニュースを見てると、かなり危険な状況で頑張ってると思う。文句を言うのは簡単だけど、これは今後のエネルギー政策にも関わっていくと思うから、これを踏まえて何ができるのか考えたらいい社会になると思うけど。

    アメリカの報道は案の定、国民の不安を煽る感じで嫌気がします。心配してくれるのはいいけど、他のいろんな問題を見えなくする、いつものこと。

  • chie 10:51 on 2011/03/21 | #

    今までなに不自由なく電気を使ってきて、ひとたびこういう一大事が起こると我が者顔で叩くマスコミ。ただ言ってるだけなら簡単よねと思ってしまいます。もうちょっとまともなこと質問できる記者とかいないのかな?
    テレビを見てても専門家が「大丈夫」と言っているのに、それがあたかも消費者の総意であるかのごとく、あーでもないこーでもないって言って「危険だ」って言わせようとしているような印象を受ける番組もあります。

    確かに最初のうちの東電の会見の様子をみると不安感を感じざるを得なかったんだけど、この想定外の自然の威力によって起こってしまったことはしかたないし、逆にいえばよくぞ持ちこたえたなと。築40年も経ってたそうですね。
    今はありとあらゆる方々が高い志のもと危険を顧みず鎮静化にあたってくれていることに感謝してます。
    そしてshigeさんの書いているとおり、長期戦に持ち込んで粘り勝ちになること願います。

    計画停電についても当初は停電になるはずがしなかったり(しないにこしたことはないんだけど)、停電エリアの区分けが変電所単位なもんで1町名でもいろんな変電所から供給されている町だといくつものグループにまたがってて「どのグループ?」なんてことがあります。

    この前も会社の人が住んでるところが2つのグループにまたがってるためカスタマーに電話したけど、はっきりわからなかったらしい。それについてえらい文句いってたけど、こういうところで「しょがないよね」って言えるぐらいの余裕は持っていたいと思う。
    在宅医療で電気が止まると命に関わるんだ!とかっていう切実な事情があるならともかく、いままでふんだんに使ってた電気、普通に生活していくぶんなら多少の停電ぐらいはね。3時間ぐらいじゃ冷凍庫のものだって解けないよね、きっと。
    といいつつ、うちのエリアは電車への送電のおかげなのかエリアから外れているんです。ちょっと申し訳ない気分。
    でも会社は見事に入ってるから、下手すると半日は仕事できない。いいのか悪いのか・・・。うん、いいことにしよう。

  • shige 22:39 on 2011/03/21 | #

    >etsukoさん

    etsukoさんはボランティアで神戸の現地に行ったんですね。さすがです。
    俺は、あの頃は大学の研究室に基本泊まり込みで実験してて、徹夜明けで久々に家に帰ったらニュースで高速道路が倒れてて驚いた記憶があります。だから神戸の震災発生を知ったのが夕方だった。

    そういえばアメリカの9.11も仕事の徹夜明けで家に帰って、布団に倒れる前にTVつけたら、ちょうど2機目の飛行機がビルに突っ込むところだった。あのときも最初は「なんでこんな時間に映画やってんだ?」と思った記憶が・・・

    こういう大災害になると、最初は支援物資がなかなかうまく届かないですね。混乱の中で、状況も把握できるものではないので、仕方がない部分もありますが。
    とりあえず効率とか考えず、ものがダブろうが何だろうが、最初は物量作成で行くしかないんでしょうね。たぶん。

    原発は、やることがはっきりしてるし、情報量が増えてきて少し先が見えてきました。たぶんこのまま行けば大丈夫。
    原子炉は通常の状態でも運転を停止した後、年単位で気長に冷やし続ける必要がある代物で、今の状況でもこれは変わりません。問題は自動で冷やしてくれる設備が動いてないこと。

    なので、とにかくいろんな方法で水をかけ続けて冷やし続け、そうやって時間を稼いでいる間に設備を復旧させ、冷却システムを復活させること。ここまでできればほぼ勝利が確定します。
    そして今日、勝利確定へ向けた第一歩として、中央制御室まで通電しました。この後はポンプやら計器類やらのチェックと故障してる機器の部品交換・修理でシステム復旧を目指す段階に入ります。
    それでも、その後2~3年間は気長に冷やし続ける必要があるのですが。

    なんて言葉で言うと簡単なんですけどね。これを実現させるのは大変なこと。現地チームには本当に頭が下がります。
     

    >kikoさん

    東電は今後大変でしょうね。
    実際、築40年の原発をまだ使っていて設備の更新をしていなかったこと、非常用システムが3つとも非常時に十分に働かず、この状況に陥ってしまったこと、津波は想定していたのに非常用システムの動力源となる重油タンクを海のそばに設置していたこと、等々、確かにいろいろヘタ打ってますしね。

    でも、そういった経緯やら設計ミスやら原発を推進したエネルギー政策やらへの批判は、もう少し後ですることですよね。今まさに非常時対応をしているのだから、気の長い話は非常時を脱してからじゃないかなあ。

    それに、この状況下での対応そのものはよくやってて、そんな責められるものではないと思うのですよ。

    そんなわけで、俺もとりあえず節電中です。俺のPCはデスクトップで大食らいなので、PCの電源付ける時間は最小限に。
     

    >chieさん

    今回、政府の公式会見が注目されてTVの生放送で流れるようになって、マスコミの酷さが際立ってるように感じます。
    常に善悪を決める側に立ち、自分は何もせずに高みから批判ばっかりしていると、人間ってこんなに醜い存在になるのかと驚いてます。

    横柄というか傍若無人というか品性下劣というか・・・政府高官の会見で、最初からいきなり高圧的でけんか腰だし。
    社会人として当たり前の敬語すらまともに使えてないあんたらに「国民が~~」とか言ってほしくないんだけど。頼むからその「国民」から俺は除外しといてくれ。と思ってます。

    計画停電は、最近東電もなれてきたのか、スムーズになってきましたね。初日あたりに計画停電の時間をずらして実施されちゃって、「計画停電なら計画した時間にやっておくれよ~」と思ったものです。
     

    そういえば、俺の言いたいことを俺よりはるかに筋道立てて書いてあるブログを発見。ツイッターってすごい。
    忘れないようにここに貼らせてください。

    「福島原発で起きていること 2011-03-19」
    http://ameblo.jp/satoshitaka/entry-10834940369.html

  • etsuko 11:48 on 2011/03/22 | #

    95年は大学1年生で時間はありましたから。春休みで、時期的には先週くらいだったんじゃないかしら。あの頃は早く行かなきゃ、と思ってたけど、私が行くには、ちゃんと組織が動き出していた時期で良かったと今では思います。

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